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中島健人、なにわ男子・藤原が着用し話題に:元臨床工学技士Takahiro Ishikawaが描く唯一無二のファッション

2025.02.05
アーティストの中島健人やなにわ男子の藤原丈一郎に着用され、密かに注目を集め始めたTakahiro Ishikawa。公式ホームページとInstagramを中心に展開している新進気鋭のデザイナーだ。
シンプルでベーシックなアイテムを展開しているからこそ、素材やパターンへのこだわりが見えてくる。興味深いのは、デザイナーの石川恭寛は元々臨床工学技士として医療の現場に立っていたことだろう。医療分野からデザイナーへの転身。この経歴の背後には何があったのか。
今回、石川さんにはご自身の歩みと共に、服作りに込めた思いを語っていただいた。自身のファッション経験がすべての始まりだったようだ。

PROFILE

石川 恭寛 / ISHIKAWA TAKAHIRO

1996年生まれ
医療系大学で医療を学び国家資格を取得。卒業後、臨床工学技士として都内総合病院の集中治療室や手術室に勤務。退職後、文化服装学院の服飾研究科と技術専攻にて服作りを学び卒業。コレクションブランドでパタンナー経験をした後に、2023年からブランドの運営を開始。

「医療」から「衣料」へ

誰しもが、その経歴に驚くだろう。プロフィールには、臨床工学技士国家資格を取得し、臨床工学技士として都内総合病院の集中治療室や手術室に勤務していたとある。傍から見れば、輝かしい経歴だが、そのキャリアを捨ててファッションの道に進んだのは何故だったのか。
「医大に通っていたときに、美術館のグッズを制作・販売する会社でアルバイトをしていました。当たり前ですが、物や商品は誰かが作らなければ存在しないのだと改めて感じました。
芸術学科や建築学科で学ぶ学生たちも多くいて、話をしていくなかで知らぬうちにいろいろな刺激をもらったのだと思います。
自分も服好きだったということもあって、服作りの道に進んでみたいと思うようになりました」
そう話してくれた石川さんは、自身のキャリア転向を気にしていない雰囲気だったが、周りにファッションデザイナーの道に進むと伝えたときは、やはり反発はあったようだ。
最初は反発は大きく、文化服装学院の願書提出締め切りの直前まで説得される日々が続いたという。説得の末、家族や友人、勤務先の同僚からは、温かい声援があった。
「普段の僕の服を見てきた友人たちは、服飾を仕事にするほうが良いと思っていたみたいです。大学時代はサリバンやギャルソンを着ていて、ファッションを楽しむ日々でしたから」
好きな服を着ることで、自分に自信が持てたり、勇気づけられたりするという経験が大きかったと石川さんは振り返る。さぞかし幼少の頃からファッションが好きだったのだろうと思いきや、実は大学に入ってから目覚めたという。
「きっかけはテレビ番組でした。お笑い芸人の又吉さんが下北沢の古着屋さんを巡る番組を見て、僕も古着を探すようになったんです。そこからデザイナーズブランドの存在を知り、いつしかデザイナーへの憧れを持つようになりました」
こうした経緯から、文化服装学院の服飾専門課程に入学する。1年目は服飾研究科でファッションの基礎である生地やデザインのパターンを、2年目には技術専攻でパターンの勉強を専門的に学んでいった。
まったく新しい分野ということで、プレッシャーはありつつも、大学生の頃から思い描いていた職ということもあり、楽しさやワクワク感のほうが大きかったという。

日常をアップグレードするデザイン

ベーシックなシャツにこだわりの刺繍
文化服装学院を卒業した後、他ブランドでパタンナー勤務を経て、独立。独立前からInstagramで自分の作品を掲載していたこともあり、DMで「この商品は販売してますか?」という声が届くようになった。それならばと思い立ち、2023年1月にTakahiro Ishikawaとしてブランドをスタートした。
現在は自宅兼アトリエで、生地の裁断からパターン、縫製まですべて一人で行っている。一点一点の作品に込める思いは格別だろう。
「日常的に着用するベーシックな服作りを心がけています。着用した人の、その人独自の雰囲気を引き立たせてくれるようなデザインや素材にこだわっています。
自分がサリバンやギャルソンを着ていたときに感じた自信や勇気を、Takahiro Ishikawaでも表現できたらと考えています」
普段に寄り添うアイテムという考えから、商品のラインナップはシャツやジャケットなど非常にシンプルなものを揃えている。現在はメンズ8割レディーズ2割の展開だが、ベーシックなアイテムゆえのこだわりは、どこにあるのか。
「一般的なサイズよりも少しゆとりを持たせ、着用した人のシルエットがきれいに見えるようなドレープ感やパターンにこだわりつつ、異素材を組み合わせた洗練されたデザインを意識しています」
その言葉通り、ホームページの商品紹介では生地のアップ画像が用意されており、素材感への徹底したこだわりがうかがえる。
生地のアップ。繊細な刺繍が浮かび上がる
「平面である生地が、立体的に仕上がることで衣服になります。
そのため、生地を立体にしたときにどのようなシルエットになるのか、ブランドの雰囲気に合うのか、アイテムの良さをより引き出してくれるのかなどを意識して選んでいます。
また、日常着ということでTシャツやシャツは自宅で洗える素材にしています」
ベーシックなアイテムを展開。日常的にも扱いやすい素材やデザインを採用
ブランドのコンセプトに合う素材探しは、非常に大変な作業だろう。学生時代は日暮里の生地屋に足を運ぶことが多かったようだが、そうした街にある生地は基本的には一点ものが多い。そのため、ブランドとして展開する際は生地を専門に取り扱う企業の展示会に足を運ぶようだ。

中島健人さんが着用したスウェットが転機に

ブランドを立ち上げて2年ほど経ち、商品のラインナップも広く展開されるようになったが、思い入れのある作品はあるのだろうか。
「初期に発売したスウェットですね。中島健人さんが着用してくださったアイテムになります。ハーフジップのスウェットですが、農作業で使うアームカバーを異素材で組み合わせたデザインになります」
アームカバー部分は黒とカーキの2色展開
スウェットとアームカバー。しかも、農作業から着想を得たというから驚きだ。普段はどういったところからアイディアを得ているのだろうか。
「基本的に他ブランドのルックを見るということはありません。今回のアームカバーも、祖母が農作業をしている姿からヒントをもらいました。
いまからデザインを考えるというモードに入るというよりは、日常生活の中でふと頭に思い浮かんだものを形にしていきます。
もちろん、流行を追うことも大事だと思いますが、自分が着たい服や、こういう服があればいいのにと思った服の2パターンで制作することが多いですね」

ゆくゆくは実店舗や展示会の開催を視野に

ブランドの顔となるシンプルなロゴ
自分のスタンスを崩さない姿勢を貫こうとは考えつつも、最近では制作や商品の販売方法も変えるタイミングに来ているようだ。実際、中島健人さんが着用して以降、スタイリストさんからの問い合わせや商品購入の依頼も増えたという。
基本的には受注生産だが、今後はブランド初の展示会を開催していきたいと石川さんは語る。
「いずれは店舗も持ちたいですし、セレクトショップさんに置いていただけるようになればうれしいですね。
コレクションを継続的に発表していき、徐々にファッションショーやファッションウィークに参加できたらいいなと思っています」
素材やデザインに徹底してこだわり、生地の裁断から一人ですべてを行っているブランドは数えるほどしかない。だからこそ、Takahiro Ishikawaは多くのファッション通が待ち焦がれたブランドという立ち位置になるのではないだろうか。

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