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150年の歴史を持つアメリカ生まれのデイリーウエアブランド「B.V.D.」が築いたスタンダード
「B.V.D.(ビー・ブイ・ディー)」と聞くと、多くの日本人はトランクスやブリーフ、肌着のTシャツを思い浮かべるのではないだろうか。それは、アメリカで誕生したB.V.D.が150年以上の歴史を持ち、日本においても半世紀にわたる歴史を築いてきたブランドだからだろう。
今回は、そんなB.V.D.の長きにわたる歴史やブランドの背景について深掘りしていきたい。話を聞いたのは、株式会社フジボウアパレル「B.V.D.」ブランドマネージャーの北見 至さんだ。

アメリカの日常着として浸透したB.V.D.の歴史
はじめに、B.V.D.の150年以上にわたる歴史について聞いた。「B.V.D.は1876年、アメリカ・ニューヨークで誕生しました。ブランド名であり会社名でもある“B.V.D.”は、創業者であるブラッドリー、ヴーヒーズ、デイという3人の若者たちのイニシャルから名付けられています。
創業当初は、女性用ドレスのスカートを膨らませるための骨組み『バッスル』を製造していました。その後、時代の移り変わりとともに事業を拡大し、創業から30年後の1906年に男性用下着の製造へと着手します。
当時の肌着は体にぴったりとフィットするものが一般的だったのですが、B.V.D.はいち早く、ルーズフィットタイプを展開しました。
また当時のアメリカでは、上下がつながった『ユニオンスーツ』と呼ばれるタイプの肌着も広く普及しており、1915年にはB.V.D.もユニオンスーツを発売します。
このユニオンスーツは、ワッフル状の素材による伸縮性と軽い着心地が特徴で、1920年代には700万枚を売り上げたと言われています。
ブランドのスローガンとして掲げられていたのが、『Next to myself I like B.V.D. best』です。直訳すると“自分自身の次に好きなのはB.V.D.”という意味になります。この印象的なスローガンとともに、B.V.D.は世界的に知名度を高めていきました。
当時は、アメリカの有名雑誌『LIFE』や、世界初の男性向けライフスタイル誌とも言われる『Esquire』などにも広告が掲載されていたそうです」

右:ユニオンスーツの古い広告
「その後、1919年にはNew York Yankeesを広告に起用し、大きな話題となりました。さらに1929年には、現在では定番となっているランニングシャツ、いわゆるタンクトップ型のアンダーウエアを発売するなど、ブランドとしての展開を広げていきます。
そうした流れの中で、B.V.D.にとって再び大きなターニングポイントとなる出来事が起こります。
それが1931年、水着市場への参入です。男性用・女性用・子ども用の水着を展開し成功を収めると、主要なファッション雑誌でも取り上げられ、高級ファッションストアでも扱われるようになります。
さらに後には、オリンピック競泳選手であり、映画『Tarzan the Ape Man』の主人公として知られるJohnny Weissmuller(ジョニー・ワイズミュラー)を、モデルに起用したことでも話題を集めたそうです。
そして1935年にはニットトランクス、1938年にはニットブリーフが登場。アメリカのライフスタイルの変化とともに、B.V.D.のプロダクトも徐々に現代的なアンダーウエアへと進化していきました」

右:Johnny Weissmullerがデザインした水着の広告
「B.V.D.は、アメリカでアンダーウエアブランドとして成長していくなかで、肌着だけでなく、スウェットやシャツ、デニムパンツなど幅広いアイテムも展開していました。
そして1960年代には、『B.V.D. SPORTOPS(ビー・ブイ・ディー スポートップス)』と呼ばれるポケット付きTシャツを開発します。
このアイテムの登場によって、パックTシャツやアンダーウエアだけではなく、“アウターTシャツ”としてのイメージが広がるきっかけになったのではないかと思います」


日本上陸から約50年──日本人に馴染んだB.V.D.
ここまでB.V.D.のアメリカでの長い歴史を見てきたが、1970年代には日本での展開がスタートする。日本上陸からまもなく半世紀を迎え、日本においても長い歴史を持つブランドとなった。引き続き、北見さんに話を聞いた。「日本でもさまざまなアイテムが展開されましたが、やはりブランドの軸となったのはトランクスやブリーフ、タンクトップ、Tシャツといった、現代のアンダーウエアの原型とも言えるアイテムでした。
1970年代当時からB.V.D.を知っている方にとっては、やはり肌着としてのTシャツやブリーフの印象が強いのではないでしょうか。
当時は雑誌『POPEYE』にもほぼ毎月広告が掲載され、テレビCMなども放映されていました。
その中でも特に印象的なのが、“GOLD”と呼ばれるラインのTシャツやブリーフです。長年にわたり多くの人に愛用され、現在も販売が続いています」

「現在では、肌着用のTシャツとアウターTシャツを明確に分ける感覚は、以前より薄れてきていますよね。
もともとは、フライス編みでタイトフィットに仕上げられたものが“肌着”で、天竺編みのオープンエンド糸(空紡糸)を使用したものが、アウターTシャツやプリントTシャツ用のブランクボディという位置づけでした。もちろん多少の例外はありつつも、当時はそういった違いがありました。
そこで見ていただきたいのが、B.V.D.誕生150周年の節目に合わせて誕生したアイテムです。アメリカで作られてきた“アウターTシャツ”を、“GOLD”と同じ糸を使用してもう一度掘り起こそうという考えから生まれました。
ラインナップは、先ほどお話しした“GOLD”と同じ、一般的なTシャツとしては細番手と言われる36番手単糸の2本を縒り合わせた双糸で編み立てたミディアムウェイトと、さらに同じ糸の3本を縒り合わせたヘビーウェイトのモデルなど、全3種類を展開しています」

左:LIGHT WEIGHT-2PACK クルーネックTシャツ 5,500円(税込)
中央:MEDIUM WEIGHT クルーネックTシャツ 4,180円(税込)
右:HEAVY WEIGHT ボースンネックTシャツ 6,380円(税込)
B.V.D.の新たな定番を提案する「STANDARD UNIFORM SUPPLY(スタンダード ユニフォーム サプライ)」
ここからは、今年2月に立ち上がったばかりのB.V.D.の新ライン「STANDARD UNIFORM SUPPLY(スタンダード ユニフォーム サプライ)」について話を聞いた。「STANDARD UNIFORM SUPPLYは、B.V.D.として“定番の日常着を供給する”という考えからスタートしたラインです。
ベースとなるのは、Tシャツやスウェットといったスタンダードなアイテムなのですが、そこにB.V.D.がアメリカで長年培ってきた時代のアーカイブを落とし込み、“B.V.D.らしい定番着”を作ろうというコンセプトで展開しています。
B.V.D.は創業以来、時代ごとの定番スタイルを追求しながら、機能的で丈夫、そして長く使える日常着を作り続けてきました。本ラインもその変わらない良さを受け継いでいます。
ネックラベルには、1970~90年代に使用されていたオールドロゴを使っています。“V”の中に赤いワンポイントが入った印象的なデザインで、当時プリンタブルウェアの広がりとともに世界中で親しまれたロゴです。
ブランドの歴史や当時の空気感を受け継ぎながら、新しい価値を生み出していきたいという想いを込めて、ネックラベルのデザインはこのロゴを採用しました。
アイテムをひとつ紹介すると、1900年代初頭からB.V.D.の正規品に付けられていたワッペンがあります。“このワッペンが付いていないものは正規品ではない”とうたわれるほど、B.V.D.が大切にしてきたブランドの象徴的なデザインです。
今回のアイテムでは、そのワッペンデザインを左胸に配置しています。素材にはアメリカンコットンを使用し、ヘビーウェイト仕様に仕上げました。
STANDARD UNIFORM SUPPLYを象徴する、新たな定番Tシャツになっています」


「さらに、もうひとつ見ていただきたいアイテムがあります。“FRESHWEAR DELIVERY SERVICE(フレッシュウエア デリバリー サービス)”という架空のプロジェクトをテーマにした、ユニフォームコレクションを企画しました。
“新鮮なウエアを届けるデリバリーサービス”というコンセプトのもと、Tシャツやキャップなど、さまざまなアイテムをリリースしています」

FDS S/S TEE 6,600円(税込)

B.V.D.の長い歴史と、その先にある新たな展開を見てきた。アメリカで生まれ、時代ごとのライフスタイルとともに進化してきたブランドに見られる、“アメリカらしさ”を感じられたのではないだろうか。
150周年を機に登場したプロダクトや、アメリカで培ってきたB.V.D.の背景を現代へとつなぐ「STANDARD UNIFORM SUPPLY」など、そのものづくりにはブランドの未来を見据えた姿勢も見えてくる。
古き良きアメリカの空気感を、日常の中に取り入れたい。そんな人にこそ、B.V.D.はあらためて注目してほしいブランドだ。
PROFILE

北見 至(きたみ いたる)
株式会社フジボウアパレル
ブランドマネージャー
1971年生まれ、新潟県出身。1992年から10年ほど輸入音楽ソフト販売店にてバイヤーを務める。その後、2005年より2年間沖縄に短期移住。
2007年に東京に戻り、FRUIT OF THE LOOMをはじめ、多くのアメリカンナショナルブランドを取り扱う某輸入卸売販売会社に勤務。その後、某ナショナルブランドのマネージャーを経て、2025年より現在の株式会社フジボウアパレルにて、日本国内におけるB.V.D.ブランドのイメージ向上を担当する。

















